目次
1.パワハラとは
パワハラとは、パワーハラスメントの略称です。
まずは、パワーハラスメントについて定義を説明します。
職場で起きるパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係など職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義されています。
この定義においては、
◆上司から部下に対するものに限らず、職務上の地位や人間関係といった「職場内での優位性」を背景にする行為がパワハラに該当します。
◆業務上必要な指示や注意・指導が行われている場合はパワハラに該当せず、「業務の適正な範囲」を超える行為が該当するものとを明確にしています。
パワハラの定義を簡潔にまとめると『地位や優位性を利用した苦痛を与えて職場環境を悪化させること』と言えます。それを踏まえていくと、以下の3つがパワハラの判断基準になります。
- 職場の地位・優位性を利用
- 業務の適正な範囲を超えた指示・命令
- 相手に著しい精神的苦痛を与えるなど、職場環境を害する行為
セクハラとの違い
職場で起きるハラスメントもいくつかありますが、ここではセクハラとパワハラの違いを比べてみます。
セクハラは、性的嫌がらせをすることを指します。性的嫌がらせの対象行為としては、相手を不快にさせる言動が当てはまります。パワハラは、相手の人格や尊厳を傷つける言動とされていて、ある程度の内容はありますが、全てが詳細に網羅されているわけではありません。
また、セクハラは男女雇用機会均等法で事業主に対して、その防止が定められていますが、パワハラの防止を定めた法律は、無いのが現状です。
※ただし、事業主には働く人の健康や安全を配慮する義務があります。
そのため、職場で起きたパワハラを放置すれば、法律違反になります。
セクハラの場合、被害者本人が「不快に感じた」という感覚が判定のポイントになります。しかし、パワハラの場合は、「不快」というだけで、パワハラ行為があったと判断されるわけではありません。その言動が業務上必要なことか、適切な範囲であるかが問われます。
セクハラとパワハラの主な違いは、以下の通りです。
- 性的言動は、業務を遂行する上では全く不要です。これに対し、注意指導、業務命令等は業務を遂行する上で必要ですが、程度が問われます。
- パワハラについては、業務を遂行する上で必要のない性的言動と比べて、違法と言えないこともあります。
※ただし、暴力はパワハラを超えて犯罪にもなります。 - セクハラは個人的な問題であることが多いですが、パワハラの場合は、注意・指導、業務命令等が違法となるか、そこが問題になってきます。
2.パワハラになる具体的な行為
パワーハラスメントの6類型
パワハラについて、裁判例や個別労働関係紛争処理事案に基づき、次の6類型を典型例としてまとめています。
なお、これらは職場のパワハラに該当する行為のすべてについて、全てを網羅するものではないことに留意してください。
1)身体的な攻撃
暴行・傷害
殴る・蹴る・突き飛ばすなど
立ったまま電話営業をさせる
タバコの火を近づける
2)精神的な攻撃
脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
※上記4つの言動による精神的侵害を受けた結果、うつ病などの精神疾患を患うようなことも起きています。
3)人間関係からの切り離し
隔離・仲間外れ・無視
これらの行為も、度が過ぎるとパワハラに該当する可能性があります。
4)過大な要求
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
明らかに達成不可能なノルマを課され、職場環境が害される場合など
5)過小な要求
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
例:毎日上司のお世話やお茶汲みのみさせるなど
6)個の侵害
私的なことに過度に立ち入ること
私的なことに過剰に踏みこんで、相手に精神的な苦痛を与える場合
注意:男性が女性に対してこの侵害を行なうと、セクハラになる可能性もあります。
3.パワハラの企業責任
職場環境と事業者の義務
職場環境とは、働く人が仕事をする場所の環境のことを言います。環境には、部屋の明るさや騒音などから、働く人同士の人間関係など精神的なものまで、全てが含まれます。
労働安全衛生法では、事業者は「快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。」と定められています。
職場環境配慮義務とは
一般的には労働者が働くための環境を安全・快適に整備する会社の義務のことを言います。
この義務は雇用契約から生じるものであり、内容は具体的状況により異なります。ここでいう安全とは、通常の業務から生じるような危険だけではなく、他の従業員が及ぼす危険から守るための安全も含まれると考えられています。なお、この義務は事業者(主)側にあります。
ハラスメントに関して使用者が負う義務については、以下のとおり法律に規定があります。
労働契約法5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
男女雇用機会均等法11条
事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
以上の規定を根拠に、事業者は職場環境配慮義務を負っています。また、義務に違反して、セクハラやパワハラなどのハラスメント行為を放置することは許されないとされています。
4.事前にすべきパワハラ対策
パワハラは、加害者が日常的に行うことが多いです。また、被害者も声を上げにくく、周囲も対応しにくいものです。しかし、会社がこれを放置すると被害が拡大する傾向にあります。
悪化した事例では、パワハラを放置した結果、被害者が精神疾患を患って自殺するという最悪の事態を招いています。
ですので、パワハラの蔓延を防ぐために、会社としてできる体制を作る必要があります。
まずは、厚生労働省の『パワーハラスメント対策導入マニュアル』や『職場のパワーハラスメント対策ハンドブック』を入手して、内容を確認することから始めましょう。
① パワハラに関する事業者の方針の明確化と周知・啓発
就業規則や書面によって明確にパワハラの定義をしつつ、会社としてどういう対応をするのか従業員に周知し、教育すべきです。
周知用のポスターを社内に張るのもいいでしょう。
② 相談窓口の設置と適切な対応
パワハラの被害に遭った労働者が相談できる体制を作ることが必要です。
社内の相談窓口は、社員のため相談窓口となって、トラブル防止の
役割を果たします。
③ 迅速な事実調査と加害者・被害者への適切な措置、再発防止措置
相談に対し、事情をよく聞き、パワハラの被害が発生している疑いがあれば、適切な調査を行うことも求められています。
- いつ
- どこで
- 誰が
- どのように
というポイントで、調査結果を詳細に記録しておくことが大切です。
状況次第では、両者の所属配置を見直すことも必要です。また、加害者への懲戒処分の検討も必要になります。
ただし、被害者・加害者の聴き取りをした後でもパワハラ行為があったとは言えないこともあり得ます。
④ 申告者・調査協力者等のプライバシー保護と不利益取扱い禁止
パワハラの訴えや、周囲の協力者の話は、プライバシーに踏み込む内容も含まれるため、適切な措置をとることも重要です。
パワハラの相談を受けて事実確認した結果は、訴訟になった場合の重要な資料になりますので、プライバシーの保護に注意して保存して下さい。
また、パワハラの相談や事実確認への協力などを理由として、当事者や関係者の不利益になるような取り扱いは禁止されています。
5.社労士ができるサポート
事業者には、以下のようなパワハラ対策を講ずることが義務づけられています。
- パワハラの内容や禁止を周知・啓発すること
- パワハラの加害者に対する懲戒規程を作成し、周知・啓発すること
- 相談窓口を設けること
- 社員研修などで再発防止を図ること
- 被害者、加害者のプライバシーを守ること
- パワハラの相談をしたことを理由に解雇しないと明示すること
当事務所では、この6つの対策を講ずるための支援をします。まず、就業規則や規程などの整備を行い、周知してもらいます。次に、ご要望があれば社長以下、幹部社員向けの研修を行い、パワハラについて理解して頂きます。
6.実際にあったパワハラ事例
シー・ヴィー・エス・ベイエリア事件
- コンビニのA店舗が閉店したため、B店舗で再雇用されたがB店舗も閉店。
継続雇用の条件を提示されたが、最終的には雇用されず - その際、労働者に対する店長の発言が精神的苦痛を与えた
判決:慰謝料5万円の支払い
全日空事件
- 休職終了後、能力が低下しているとして退職勧奨を行う
- 上司5名が約4ヶ月、30数回、中には約8時間にも及び退職勧奨ととれる面談、話し合いを行う
- 居住する寮まで出向いてもいる
- 面談の際、「寄生虫みたいだ」「CAとしては無理」「新入生以下のレベル」と発言、大声を出す、机を叩くなど
判決:慰謝料50万円+弁護士費用5万円の支払い
恵和会宮の森病院事件
- 「笑顔がない」などを理由とした介護員に対する雇い止め
- 3ヶ月の試用期間を経て、期間1年の契約を3回更新してきたにもかかわらず、3回目の契約満了時には更新されなかった
判決:慰謝料20万円の支払い+弁護士費用5万円の支払い
松蔭学園事件
- 約5年もの間授業やクラス担任を含む本来の仕事から外される
- 職員室内での隔離、別の部屋への隔離
- その後、約7年自宅研修を命ぜられる
判決:賠償金600万円の支払い
7.Q&A
Q1:パワハラってなんですか?
A:パワーハラスメントの略で、組織における立場を利用した嫌がらせという意味で用いられています。
会社などで、同じ職場で働く者に対して、職権などの権力や地位、人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる、あるいは雇用不安を与える行為を言います。
※1 職場内の優位性
パワハラは、上司から部下へのいじめ・嫌がらせをさして使われる場合が多いですが、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して行われるものもあります。「職場内での優位性」には、「職務上の地位」に限らず、人間関係や専門知識、経験などの様々な優位性が含まれます。
※2 業務の適正な範囲
業務上の必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、業務上適正な範囲で行われている場合には、パワハラには当たりません。
職場のパワハラ対策は、上司の適正な指導を妨げるものではなく、どこまでが適正な範囲なのか、それを明確にする取り組みを行うことによって、適正な指導を支援するものであるべきです。
◇ 業務の適正な範囲を超えた指示・命令
パワハラは、業務の適正な範囲を超えている場合に限り、行為があったものと判断されるようです。
ですので、業務とは関係ない個人的な事項を命令すること(金銭貸借の強要など)、注意指導にあたって土下座を強要することなどは、パワハラとみなされます。
実際には、パワハラは継続的に行われることが多いようです。たとえば、怒鳴るという行為は、一回のみのであればパワハラとは言えないかもしれませんが、継続して行われ、受ける側が著しい精神的苦痛を感じるなど、職場環境が害される場合はパワハラに該当します。
Q2:どんな行為が、パワハラになるのか?
A:以下のような行為はパワーハラスメントとして挙げられます。
行為類型 | 具体例 |
---|---|
1.身体的な攻撃 | 叩く、殴る、蹴るなどの暴行を受ける 丸めたポスターで頭を叩く 傷害 |
2.精神的な攻撃 | 同僚の目の前で叱責される 他の従業員を宛先に含めてメールで罵倒される 必要以上に長時間にわたり、繰り返し執拗に叱る |
3.人間関係の切り離し | 1人だけ別室に席を移される 強制的に自宅待機を命じられる 送別会に出席させない |
4.過大な要求 | 未経験者で仕事のやり方もわからないのに、 他の人の仕事まで押しつけられ、同僚は先に帰る |
5.過少な要求 | 運転手だが営業所の草むしりだけを命じられる 事務職だが倉庫業務だけを命じられる |
6.個の侵害 | 交際相手について執拗に問われる 妻や夫に対する悪口を言われる |
※これらはパワーハラスメントすべてを網羅するものではないため、これ以外は問題ないということではありません。
パワハラは、人格や尊厳を傷つける発言を行うことで、相手に著しい精神的苦痛を与えることもあります。ちょっとしたミスを責め立て「死んでしまえ」「早く辞めろ」のような発言は、パワハラとなる可能性が高いです。
Q3:パワハラで困ったら、どうすればいい?
A:パワハラを受けた人が、だまっていても問題は解決しません。時間が経つほど、エスカレートすることもあります。被害にあった場合、決して一人では悩まないことです。信頼できる上司や同僚に相談しましょう。それでも改善されない場合や、相談できる人が身近にいない場合は、社内の相談窓口に相談しましょう。
※企業には、パワハラに関する相談を受ける際、プライバシーに配慮することや、相談者等が不利益な扱いを受けないようにすることが求められています。
Q4:社内の相談窓口などに相談した場合の流れは?
A:窓口に相談すると、担当者が事実関係の聞き取りをします。本人の同意を得た上で、行為者にも話を聞きます。また、必要に応じて同僚に話を聞く場合もあります。パワハラに相当する事実があると判断される場合は、行為者に懲戒処分が下されます。また、配置転換や行為者による謝罪などが行われることもあります。
Q5:社内に相談窓口がない場合は?
A:社内にパワハラの相談窓口がない場合は、社外の相談窓口を利用することもできます。相談機関は、専門の相談員が面談あるいは、電話で相談に応じる労働局の総合労働相談コーナーをはじめ、都道府県労働委員会や法テラス、みんなの人権110番、かいけつサポートなどの機関があります。
Q6:うつなどの症状がでて、体調が悪くなったら?
A:パワハラによって身体やメンタル面に不調がおきた場合は、速やかに専門医の診断を受けたほうがいいです。会社が契約している医療機関があれば、紹介してもらってください。また、会社が産業医を選任している場合は、その産業医に相談しましょう。